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| 山門を入ると池のある庭園 |
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| 地蔵堂 |
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| 阿弥陀堂 |
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| 阿弥陀如来 |
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| 像高2.8m,鎌倉時代末頃のものか、脇侍は弥勒・勢至菩薩 |
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鐘 楼
鐘は昭和59年新鋳のもの、元の鐘は宝物館にありました。
これは文治元年(1264)の銘が入り鎌倉では3番目の古い鐘だそうです。 |
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| 阿弥陀堂右手に鐘楼 |
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| 観音堂前と見晴台 |
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| 観音堂 |
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| 関東大震災で破壊されたのち鉄筋コンクリート造りの現在の建物となっている |
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| ご本尊 十一面観音菩薩 |
木造寄木金箔張りで高さ9.18m黄金燦然と輝く堂々とした観音様だ。木造としては日本最大。右手に錫杖、左手に蓮華をさした花瓶をもつ。造立年代は不明だが室町時代と考えられている。観音像の右壁側には徳道上人の木造坐像が安置されている。
長谷寺のパンフからの抜粋
錫杖を右手に持ち、岩座に立つ独特の姿は、大和長谷寺の本尊をはじめ、他の長谷寺に祀られている観音像に多く見られることから、「長谷寺式十一面観音像」と呼んでいます。縁起には、本尊の造立は養老5年(721)と伝えられていますが、現在の像は創建当初からのものと考えるの難しい、また後世の修復も多く加えられているため、制作年代については未詳と言わざるを得ません。但し、本尊に付随する光背や前立観音の修復年代が室町時代まで遡ることから、現在の像が存在していた時期についても、室町時代に準ずるものであることは確かといえ、さらに鎌倉時代より当山に伝世する大型の懸仏や板碑類の存在から、その当時には巨大な尊像が造立されていたものと推測されます。
奈良の長谷寺の観音像と同じ木から造られたという伝えがあるがそれについてもはっきりしたことは判らないようだ。
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十一面観音菩薩
国宝 |
普通サイズの観音像
壁の雲形は観音堂が関東大震災で崩れたとき本尊の光背が壊れてばらばらになったもの。ご本尊の光背はこれを元に復元したという。 |
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| 見晴台から由比ガ浜・葉山方向を望む |
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大黒堂
ここの大黒様(宝物館に展示)は鎌倉では最も古いものだそうです。建物の1F後半分と2Fは宝物館になっている。 |
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| 経蔵横の庭 |
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| 経 蔵 |
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| 輪蔵 |
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| 回転式の書架。お経が収まっている。これを回転させてお祈りする。一回転で一切経を読破したのと同じ功徳が得られるというが、すこし安易なかんじですね。この輪蔵は幕末に八王子の大善寺から移したものと言われている。 |
大野万木(伴睦)の句碑
元衆議院議長も務められた方ですが俳人だったそうです
経堂の右にあります |
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| 経蔵 |
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| 経蔵の屋根 |
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| 観音山の中腹に整備された散策路から見た鎌倉の街 向かいは祗園山ハイキングコースの辺りか |
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| 裏山の散策路にある仏様 |
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散策路
整備されて間もないということもあってか眺望がよい。6月になればアジサイがきれいだろう。 |
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経堂の上の石仏群
鎌倉も市街化が進んで居場所がなくなった仏様たちがここに集まったのかしら・・ |
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萬霊供養塔
左は導師の名が天照山光明寺50世宏誉上人と読めます。
鐘楼の奥にありました |
かきがら稲荷
鐘楼の奥にありました |
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高山樗牛の記念碑
山門脇に高山樗牛がここに住んでいたとありました |
門前で遊んでいたリス、愛らしいですね
急速に増えている今話題の台湾リスかしら |
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| 境内には様々な花が |
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長谷観音の門前の道を左に行くと長谷の大仏様。
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