第八番
妙法山星谷寺(星の谷
(ほしのや)
観音)
真言宗大覚寺派
聖観世音菩薩 座間市入谷3-3583
小田急小田原線の座間駅前からほぼ真北に参道が延びる。寺の境内は大きな木が手入れを受けたばかりか、枝が落ちて空が大きく広がっていました。
ここは相模川の河岸段丘の縁で、この辺りは縄文時代の遺跡が数多く発見されている。また、ここ入谷や桑原では弥生時代の横穴古墳が沢山発見されていて、この地域は非常に古い時代から開けていたと考えられます。
古代の座間は、交通の要所であったと記録され、奈良時代の「続日本記」や平安時代の「和名類聚鈔」に東海道の宿駅としてある相模国高座郡夷参(
伊参
)
を座間の地と伝えています。
南には国府や国分寺があったといわれる海老名が有り、海老名は律令制の班田収受が早い段階で施工されたことからもそちらは稲作が進んでいたようです。
寺伝によると寺はここより少し北の「本堂」というところにあったもので天平年間の創建だという。戦火や野火で伽藍を消失して長元9年(1036年)に僧善宥が現在地に再建したということです。
仁王門は今は無く、境内入り口左に鉄筋コンクリート製の鐘楼がある。その梵鐘は撞座が一つという珍しい鐘として知られているそうです
。
【ご詠歌】
障りなす 迷いの雲を ふき払い
月もろともに 拝む星の谷
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参道から見た境内
仁王門はないが仁王様がしっかりガードしている
仁王像
鐘楼と梵鐘
国指定重要文化財
嘉永三年(
1227
)の鋳造で東日本では2番目に古い梵鐘。「銘にある大檀那
源朝臣信綱
は近江源氏の
佐々木信綱
で祖父の代に政権を握った平氏に近江の地を追われて、今の大和市南部辺りにいた渋谷重国の許に身を寄せたといわれる。その後の佐々木氏の平氏討伐での活躍は目覚しく、その功績によって信綱はこの座間を所領とし故地である近江の地頭そして
近江守
になっている。
また、
大工源吉国
は今の厚木市
飯山の鋳物師
(いもじ)で佐々木氏の本貫の地である近江には鋳物技術も古くからあったのでそちらから呼び寄せた可能性も指摘されている。
この梵鐘は撞座が一つしかないのが特徴で奇鐘といわれる。
参道の右側には沢山の歌碑や石像
観音堂
宝形型の屋根が美しい
手水鉢
観音堂
観音堂左手の僧坊の門
大銀杏
境内には大きな木が沢山茂っていました