王家の谷から峰を迂回してちょうど背中合わせの位置にあるハトシェプスト葬祭殿に向かう。王のミイラとともに埋葬された貴重な副葬品は盗掘から守るために新王国時代には葬祭殿に収蔵することになったという。
 ハトシェプスト葬祭殿はハトシェプストがエジプトの国土を古王国の時代の規模にまで復元した偉大な王である、父トトメス1世を記念して建設した。葬祭殿でこの衝立のような岸壁を背にした”デールイルバフリ”にある。写真で見る通りファアラオとしての権威を示す絶好のロケーションである。
 ハトシェプストはトトメス1世の唯一の嫡出王女で、異母兄弟のトトメス2世と結婚したが病弱であった王がわずか8年在位しただけでこの世を去ってしまう。夫トトメス2世の死後その跡をついだトトメス3世(義理の子で6歳の幼児)の摂政となりその後幼い王とともに共同統治者として実権を握り自らファラオとなった。長じたトトメス3世がファラオとして復権するまでの約20年間の治世の間、平和的外交と交易でエジプトに平穏な時代をもたらしたという。
 外国からは金や銀などの金属材料、木材、動物の香料、毛皮などを買い入れ、装飾品や家具などエジプトの持つ技術を生かした加工品を輸出するという加工産業を盛んにしたことが判ってきている。戦争を仕掛けて他国のものを略奪する強い王たちと比べてどちらが為政者として優れているのだろうか。
 また、この葬祭殿の建設を担当したセンムトはハトシェプストの寵臣として数々の要職を兼務し女王の政治を支えたといわれる。周囲の環境にマッチした美しい姿の建物を見ると政治家としてだけでなく建築家としてのセンスも並はずれていたようだ。

 第3テラスの正面に並び立つ女王の立像は明らかに髭を付けた男性像である。古代エジプトでは王権は女系継承とされたがファラオは継承権を持つ王女の夫つまり男性がなると決められていた。そのためファラオの彫像やレリーフの姿は男性像であご髭がある。女王も公式の席上ではこの像と同じように男装をしてファラオとして振舞っていたと考えられている。
 しかしこのあと訪れるさまざまな場所でハトシェプスト女王のレリーフ肖像が顔の部分を削り取られている事実をみることになる。誰がこんなことをしたのだろうか?もっとも考えられるのは復権したトトメス3世がハトシェプストの存在を抹消するためにやったのではないか。そして以後歴史から彼女の女王としての存在は消されていた。後世造られた王名表にも載せられていなかったということからもファラオたち権力者が女性ファラオの存在を快く考えていなかったと思われる。
 ハトシェプストが女王として権力を握っていたということは19世紀にシャンポリオン[ヒエログリフを解読した人物)によって明かされるまでまったく知られていなかったという。
  ちなみに、ハトシェプストからファラオの座を奪還したトトメス3世は女王の政策から一転して、征服戦争をのために遠征を繰り返す。17回の遠征をおこなって、南はヌビア地方のナイル第5カタラクトの辺り、東はシリアまで遠征しレバノンを占領、そして西のリビア砂漠のオアシス群を手中に収め領土は史上最大となった。
 後に、アレキサンダーがエジプトに遠征した時、トトメス3世の業績を知って深く感銘し、カルナック神殿のトトメス3世が造った壊れた部屋を修復させた上、トトメス三世のカルトウーシュと自分のカルトウーシュを彫らせたという。その後の、世界征服への野望を抱くきっきっかけとなったのだろうか。
王家の谷と葬祭殿群の位置関係
ハトシェプスト葬祭殿
バスの駐車場から葬祭殿の入り口まで300mほどの距離をトロッコのような乗り物で移動する。保安のためだという。 葬祭殿を取り囲むようにそそり立つ北側岸壁の根元には貴族の墓地群が続いている。
ハトシェプスト葬祭殿の全景
上の図にもあるように葬祭殿は3段の構造になっていて緩やかな坂道を使って上層に上る、3層の正面にはオシリス神の立像が並んでいる。
下の段から見た葬祭殿、三層構造がよくわかる
第2テラスからみる葬祭殿の2層、3層
オシリス神の立像(ハシェプセト女王)
女性であるがファラオとしての威厳を示すために男装をし王のつけ髭も付けている。
エジプト人は一般的に髭は鼻の下には生えるがあごひげを蓄えるほどは伸びないそうだ。
だから王の彫像も顎に付けているのはつけひげでツタンカーメン王のマスクにもあるのでよく知られている。逆に、そのことからエジプトの初期の支配者は中近東地域の種族であったと考えられている。その後エジプト人自身の支配者をいただくようになっても王としての重要なシンボルとしてつけ髭は欠かせなくなったという。
  生産の神でありまた、エジプトの王ファラオであるこのオシリス神の像は頭に上エジプトの白い王冠をかぶり左手に【ネケク笏】(脱穀用の殻棹)右手に【ヘカ杖】(牧人の杖)すなわち農耕と牧畜のシンボルを両手に持って胸の前で交差させている。永遠の生命を約束するこのポーズはミイラの形でもある。
アメン神を祀る至聖所 第3テラス
第2柱廊 南側正面の壁にプント交易のレリーフがある
プント国の暮らしの様子が描かれている。プント国は今のソマリア辺りかスーダンとエリトリアの間の紅海に面した地域にあった王国と想定されている。 女王が行ったプント国との交易の様子、ここには船が描かれている。第2柱廊の南の壁。  
最近NHKの後援によってこの船が復元され紅海沿岸で試験航海が行われた。
雌牛の姿をしたハトホル神[南隣りのハトホル神殿]のレリーフ
オシリス神の像の前から東方向を見る。
第3層から見た第2テラス
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